古い書庫の匂いがする
父の部屋は埃っぽくて、書庫のような匂いがする。
それもそのはずで、彼の部屋の壁は一面が本棚になっており、その容量にも飽き足らずベッドの上にも本を積み上げる有様だ。
歩きにくいし、危なっかしい部屋だったけれど、私はこの部屋に入るのが好きだった。
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本棚っていいもので、他人に話さない内面や興味がそこに並べられている。
真面目な歴史小説や医学書があるかと思えば、意外にも恋愛小説や女性のエッセイ本なんかも読むんだなぁ、と眺める。まだ子供だった私は、そのラインナップに全く興味をそそられなかったけれど、今なら話せそうなタイトルが何冊かある。売りに出される前に読もうと思って、いくつか盗んだ。
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父は見た目によらず几帳面で、幼い頃渡した手紙やプレゼントをクリアファイルに取っていた。中から引き出した自分の手紙を読み返してみると、小っ恥ずかしい。
「ねえちゃんがいってました。子どもは、大人になるほどにしにちかずくって。
だから、パパもママも、どんどんしにちかずいてるってことだよね。そのまえに、たくさんのおもいでを、つくるといいよ。(中略)
おもいでづくりてつだってあげるから、たくさんなが生してね。」
とか書いている。
……生意気な。つくるといいよ。って誰目線だよ、とつっこみをいれながらしまう。
果たして私は思い出作りに貢献出来たのだろうか?というか、死ぬ間際にいちいち思い出なんて振り返れないのになぜ人はそれを大切にしてしまうんだろうね。ウケるな。ウケるウケる。
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死んだ瞬間、全てが形見になるのが嫌だ。それは違うと思うから。ただのメモ書きが、ただの免許証が、ただのスクラップノートが、その全てに感傷的になるのは嘘だ。フィクションだ。自分の気持ちを自分で盛っている。
旅行雑誌にマーカーで目印がつけられている。鎌倉のページに紙がはさまれている。本棚の本を手に取ると、読みかけのページにブックカバーの袖がかませられている。その全てに感傷的になるのは嘘である。
エモいエモい!!エモ〜い!!と呟くと気が楽になる。軽い言葉は好きじゃないけど、軽い言葉は強い。消費するんだ。エモーショナルなんて欺瞞です。もう嘘をつきたくない。